ハイネ、高安国世訳『ハイネ 恋愛詩集』(人文書院、1969年)




ハイネの「歌の本」「新詩集」「ロマンツェーロ拾遺」を収めたもの。内容的にも文量的にも手頃であり、非常に読みやすい。内容は深いがとてもロマンティックなその詩の内容は、読者を魅了する。ただ訳がいまいち。いずれにせよ、是非一読されたい作品である。

だがみんな知ろうはずもない、
僕の痛みを知っているのは一人きり。
だがその一人が僕の心を
僕の心を引裂いた御本人なのだ。
p.45「歌の本」の「抒情的間奏曲」より


僕はお前を愛したし、今もお前を愛している。
たとえ世界が崩れ去ろうと。
その砕けからまたしても
愛の焔は立ちのぼる。

お前の焔には
あつい夏。
冷たい冬は
お前の心。
p.63「歌の本」の「抒情的間奏曲」より


君が僕を愛していることは知っていた、
ずっと前から知っていた、
だがきみの口から聞いたとき、
僕は驚きを覚えた。

僕は山にかけのぼり
叫んだり歌を歌ったりした。
僕は海辺に行き
夕日に向かって泣いた。

僕の心は陽のように
あかあかと燃えている、
そうして恋の海の中へ
大きく美しく沈んでゆく。
p.149-150「新詩集」の「雑歌 セラフィーヌ」より


聖なる神は光のなかにも
闇の中にも居給うのだ。
神は存在する一切のものだ。
神は僕たちの接吻の中にいます。
p.154「新詩集」の「雑歌 セラフィーヌ」より


ただ僕は知りたい、僕らが死ねば
魂はどこへ行くのだろう。
消えた火はどこにあるのか。
吹き去った風はどこにあるのか。
p.171「新詩集」の「雑歌 クラリス」より


僕たちの魂はもちろん
プラトニックな感情で
しっかり一つになっている。
精神の結合は壊れはしない。

そうだ、別れるときでも
じきまた二つは出あうのだ。
魂には翼がある、
すばやい蝶の翼がある。

それに魂は不滅なのだ、
そうして永久はながいのだ、
時間があり、探していれば、
求める物はいつか見つかる。

しかし肉体、あわれな肉体には
別れはひどい打撃となる。
翼は無く、あるのは二本の脚ばかり、
脚は不滅のものではない。
p.195-196「新詩集拾遺」の「キテイ」より


僕は何だか心の奥底から
泣かずにはいられないような気持ちだ。
この光景は僕にまた
僕たちの別れの時を思い出させる。

僕はお前から別れて行かなければならなかった、
お前がもうじき死ぬことがわかっていながら。
僕は別れてゆく夏だった、
お前は病気の森だった。
p.198-199「新詩集拾遺」の「別れゆく夏」より


昨日僕にキスしてくれた幸福も
今日はもう流れる水のように消えてしまう。
そしてながく心変りしない愛などは
一度も経験したことがない。
p.205-206「新詩集拾遺」の「別れゆく夏」より


僕たちは語らなかった、しかし僕の心は
きみが黙って心の中で考えていることを聞きとった―
語られた言葉は恥知らずだ、
沈黙こそ愛の純潔な花だ。

そしてこの沈黙は何と多くのことを語るのか。
何もかも比喩なしに語る、
無花果の葉などかぶせず、抑揚の
技巧も、修辞家の円滑な口調も要らず。

声に出ぬ対話よ。
黙ったままの優しいおしゃべりのうちに、
悦楽と戦慄とに織りなされた夏の夜の美しい夢の中の
時間は何と信じ難いまでに早く過ぎてゆくことか。

僕らが何を語り合ったか、ああ、決して問わぬがいい、
草むらに何を光ってみせるのか、螢に尋ねるがいい、
小川の中で何をざわめくか、波に尋ねるがいい、
西風に何を泣くのか尋ねるがいい。

尋ねるがいい、何を光るのかを、紅玉に。
尋ねるがいい、何を匂うのか、「夜のすみれ」や薔薇の花に。
だが月の光の中で受難の花と死んだ愛人とが
何を打ちとけて語り合ったかを尋ねたもうな。
p.232-233「ロマンツェーロ拾遺」の「ムーシュのために」より


僕を真赤に灼けた火ばさみではさんでくれ、
僕の顔の皮を無惨に剥いでくれ、
僕を笞で思うさま打ってくれ、―
ただ待たせないでくれ、僕を待たせないで。

あらゆる拷問の道具で僕の手足を
折り関節を外してくれ、
だが僕を空しくまたせないでくれ、
待つことほどひどい苦しみはない。

ひるからずっと六時まで
昨日僕は空しく待った―
空しく。きみは来なかった、小さな魔女よ、
僕はすんでのことで気が違いそうになった。

焦躁が蛇のようにどぐろを巻いて
僕をしめつけた、―門口のベルが鳴るたびに
僕はおどろいてとび上がった、
だがきみは来なかった―僕はまた倒れ込んだ。

きみは来なかった―僕は腹が立ってふうふう唸った、
すると悪魔の奴が僕の耳もとへ囁いた、
蓮の花は、どうやらお前を
からかっているらしいぞ、間抜け爺め。
p.237-239「ロマンツェーロ拾遺」の「ムーシュのために」より


死が近づく―今は何を隠そう、
永久に沈黙を守ることが僕の矜持であったけれど。
きみのために、きみのために、
僕の心臓はきみのためにうっていたのだ。

棺桶は出来た、みんなは僕を
墓の中へ下ろすだろう。そうそれば僕はやすめる。
だがきみは、だがきみは、マリアよ、きみは
幾度も僕を思い出しては泣くだろう。

美しいその手をねじ合わせて嘆くだろう。―
ああ嘆く出ない―それは運命なのだ、
人間の運命なのだ。―善いもの偉大なもの
美しいものが、あわれな最後をとげるのは。
p.242-243「ロマンツェーロ拾遺」の「蓮の花」より



SEIICHI MORIMOTO <森本誠一>
kant1724@hotmail.com