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チャールズ・ブコウスキー著、青野聰『ありきたりの狂気の物語』(新潮社、1995年)

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 2004年12月中に京都市立左京図書館で借りる。2004年12月末に一度延長手続きをし、2005年1月3日に読了。


本文の感想

 第一印象は翻訳の拙さであり、本文の内容よりも翻訳の質の悪さの方が先に伝わってくる。本書はブコウスキーの短編集であるが、あくまでも翻訳書として感想を述べれば、すべてがよいなどということは断じてなく、所々に共感がわくような物語が散在している。おそらくすべての物語に共感を抱く者はブコウスキー本人をおいて他にはいないであろう。しかし、これこそブコウスキーが意図したものなのであり、裏を返せば、必ずいずれかの物語が誰かにとっては楽しめるようなものでもあるということだ。感想はB-。


本文からの抜粋と注

 ペストはわれわれを……だいたいは風呂に入っているか、性のいとなみに励んでいるか、眠っているかだ……見つけ出すのがうまい。その意味ではなかなか優秀である。また便器に坐って腸が押し出してる最中をつかまえるのも得意だ。もし彼が玄関にきたら諸君は「なんなんだよ、ちっきしょう、ちょっと待てよ!」と声を張りあげる。ところが諸君のその苦しそうな声はペストを元気づけるだけなのである。ドアを叩く音、ベルの音が一層激しくなる。ペストというやつはいつもドアを叩いてベルを鳴らす。だから中に入れてやらざるをえない。そしてやっと出ていってくれたと思ったら、こっちは一週間ぐらい病気で寝込んでしまう。ペストは人の心にションベンをひっかけるだけではない、たくみに便器のカバーに黄色い水を残していく。ほとんど目につかないから、坐るまで気づかず、気がついたときはもう遅いとくる。

 諸君と違ってペストには頭を使う時間がたっぷりとある。考えることといえば、すべて諸君とは正反対なのだが、ペストはそのことがわかっていない。のべつ幕なしにしゃべってるからで、かりにチャンスを見つけて意見の違いをいおうとしても、やつには聞く耳がなく、人の声はまったく届かない。通路が絶たれたあいまいな領域なのである。だからやつは一方的にしゃべりつづける。そのあいだ、諸君は思案する。なんだってこいつは、おれのなかにその汚い鼻を突っこんできたんだろう。やつはそれから、諸君が寝てる時間をちゃんとしっていて、そこをねらって何度も何度も電話をかけてくる。そして決まって「起こしちゃったかな?」ときくんだ。あるいは直接訪ねてもくる。ブラインドが全部下りてるにもかかわらず、ドアを叩きベルを鳴らす。興奮しきってるみたいに、めちゃくちゃ荒っぽく。応じないでいれば、こう叫ぶ。

「いるのはわかってるんだよ!車があるのを見てるんだからね!」

<中略>

 そういっても、ペストに対抗する者には感心する。ペストはひるんで行動が起こせなくなり、とりつく相手をよそに探す。私が知ってる、知的な詩人タイプというか、充実した人生を送ってるある男は、玄関のドアに大きく書いたものを貼っていた。詳しくはおぼえてないが、こんなふうだった(それもきれいな字で)。

 ご用の方へ:あらかじめ電話でアポイントメントをとることをお願いします。約束のないノックには応じられません。私には仕事をする時間が必要です。仕事を台無しにされたくありません。気持ちよく仕事をしていくことが私を向上させるということを、どうか理解していただきたい。ゆっくりとくつろいだ状況でお会いしましょう。

(上掲書、311-312頁、315頁)
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