今日は珍しく、1時間目に間に合う時間に起床。ということではりきって学校へ向かうが何かおかしい。小学生がこんな学校のあ る時間にうろちょろしているし、信号で隣に止まったタクシーなんかには、日本の旗が立ててある。んー、やっぱりおかしい。もっ とおかしかったのは、学校に行ってから。自転車が止まっていない、なぜだろう。しばらくしてやっと気づく、今日は祭日だという ことに。それと同時に、おかしいのは小学生や、タクシーなんかじゃなくて、私だということにも気づく。 せっかくなので、学校へ行く途中で買ってきた、天然石灰と、なす、とまと、九条葱、かぼちゃ、青じそをぶらさげて、畑へ出か ける。 サミットが沖縄と福岡と宮崎の共同開催に決まったようである。宮崎ではシーガイアというレジャー施設があるのだが、今週の土 曜日に早速宮崎まで行き、UNICSで仕事の話をしてくる予定。具体的には協同広告事業、共同営業促進事業などについてである。そ れに、奨学金の願書を出す際に学費出資者の実印を押す個所もあるみたいだし、いずれにしても、実家には帰らなければならないよ うである。
寝坊、学校、バイトの生活。さて、そろそろ勉強せねば。明日は、教職の1時間目だけ出席すればよいので、てゆうか休講だった ような気もしなくもないが、それだったら夕方から大阪であるUNICSのミーティング以外は一日自由なので、今日は徹夜する(つも り)。
そういえば、昨日の深夜ヴォイジャーの後に見た、心臓が止まるかと思うくらい怖いあの映画は「ロードスター」という映画であ ることがわかった。この間、アメリカのポルノ関係のページを見て回ったときにも、あの未成年の認証がいかに無意味で、健全な青 少年に対しどれほどの(悪)影響があるのかを考えさせられたが、この映画もかなり過激で残酷であるため青少年に対する公開は避け るべきだと思うのだが...。まあ、深夜番組だったのでそれなりの配慮があってのことかもしれないが―あるいはただ古いだけだった りもしそうだが。
今年から奨学金を申請することにしたので、この間もらった願書を昨晩実家に送っておいた。私の実家では自営業を営んでいるの だが、最近では不景気の影響で、収入の方も昨年度の私の平均的な収入を下回るほどかなり深刻らしく、もっと早い内から申請する べきだったようだ。
最近かなり堕落しているような気がするので、とりあえず日記の題名も堕落日記などと書き換えてみる。暇があれば「完全堕落マ ニュアル」などというものを書いてまとめてみたら面白いかも。
堕落するためには、一日7時間半以上寝なければならない。
堕落するためには、髪の色なんかは茶髪(チャパツ)で、装飾品なんかをしていなければならない。
堕落するためには、ゲームを一日3時間以上しなければならない。
堕落するためには、車やバイクなんかに凝っていて、違法改造なんかしていなければならない。
堕落するためには、マニアになって...云々。
もちろん寝坊。某メーカーにパソコンのことでいろいろ尋ねるが、結局解決せず。しょうがないので学校へ行き、バイトの後、家 に帰ってリカバリー。ブラウザーやプラグインやらをインストールしている間に6時間近く費やしてしまった。
10時過ぎに起きて、2時間目の講義が何か考える。んー...、goo,goo。はっ、なんだっけ...、goo,goo...。なんてことを繰り返し ながら、ごみ箱のような部屋の中から時間割を取り出して見る。寝起きなので目が良く見えない。げ、言語学。あーっと思い、たち まち起きあがり、とりあえず郵便局に実家から送ってもらったプリンターを取りに行き、即学校へ行く。
5時間目は休校だったので一旦家に帰って、風呂に入った後もう一度学校へ行き9時までテニス。その後、友人宅で晩飯をご馳走 になり、ちょこちょこ世間話をして家に帰る。
朝から大阪のセンタービル内で某フェスティバル。別々の団体と付き合いで、二度も続けて夕食を食ってしまう。思えば去年もこ んなことばっかりやっていた。電話代も高かったし...。帰りにUNICSのミーティングの打ち合わせをした後、レモンの木を買って 帰る―先週は間違えてコーヒーの木を買ってしまったので...。帰ってからは大変疲れていたので、すぐ寝る。
朝から友人に電話で起こされて、昼から学校。図書館で英語の勉強を少しした後、友人と社会見学に出かける。まず、パチンコに 行き社会の現状をこの目に焼き付け、某CD屋に寄って、夕食を食べに行く。その後ファミコンショップ―今でもそう呼ぶのかどう かは知らないが―、に行って、そのまた後はゲーセンで社会見学。実際に社会ではやっていることなんかに接してみたりして、より 深く観察する。
帰ってきてパソコンを立ち上げると、ウィンドウの右上にある閉じるのマークや、最小化のマークなどが、文字化けならず、マー ク化けしている。いろいろと手を尽くすが断念。だれか助けてください。そう言えば、辞書も変な文字化けをしていて前からおかし いと思ってたんだよなー。
朝から大学。1時間目は5分前に入ったが、出席をとるのは授業終了時だったので問題なし。2時間目は「実践理性批判」を原語 と見比べながら、声を出して(ウソ)読んでみる。ついでに、院試の二次試験の問題なんかも分からない単語を調べたりして読んでみ る。昨日の読書会のおかげで、ある程度英語の構文のつかみ方が分かってきたような気がする...。
昼休みに畑部のミーティング。畑部の部員である某嬢の無責任さ、非常なまでの利己性、性差別主義的な発言、傲慢さにはとても 納得のいくものでなければ、我慢のいくものでもない。具体的な内容については記述を控えるが―というより、途中まで書きかけた があまりにも感情が抑制できない為取り止めにした―、このままの状態が続けば私が部長として畑部を維持していくことは難しいで あろう。少なくとも、この異常なまでの現状をどうにかしなければ、来年までには確実に活動が中止されているだろう。
英語とドイツ語の勉強をやる。今日からドイツ語の勉強も交えてドイツのホームページを辞書を引きながら見てまわったりするが、 とてつもなく怖いホームページに出くわして心臓が止まりそうになった。これは比喩でも何でもなくて、もう少しで心臓が止まるか と思った。私の場合は良かったが、心臓が少し弱い人なんかは、本当に心臓が止まっていたのではないだろうか...。
「実践理性批判」を読むが良くわからない。てゆうか、この私の行為に対して「読む」というコトバを当てるのさえ恐れ多いよう に思えてくる。それくらいわからない。とりあえず、カントの用語集を哲学用語集などと称して作りながら読み進めて行く。でも、 ここまで分からないのに、レジュメはどうやってまとめよう。
パターン1:これは「実践理性批判」の序の部分です、などと当たり前のことをもっともらしく説明する。
パターン2:参加者―といっても先生一人かそれに多くてももう一人加わる程度であるが、に理解できないような記号で 書いて、レジュメ意味がわからないのは参加者がその記号についての知識を持っていないからだなどとふざけてみる。
あー、いずれにしても明日までにもうちょっと理解を深めなければ。
この日記を書いているのが午前3時頃。なんで私の電話はいつもこんな時間に鳴るんだ...。
私がしなければならないこと。
カント読書会のレジュメ作り
英語の勉強
ドイツ語の勉強
学情連(UNICS)のビラ作りと企業向けの企画書の作成
私の通う学校ではいかがわしいと噂の、某組織についていろいろと...
英語で日記を書くとけっこう時間がかかるものである(私にとって)。
久しぶりに、"stay up all"。それで久しぶりに「日本昔話」を見る。このまま1時間目の時間まで耐えれるのか...。というより、 今日の1時間目は資格過程の授業なので、死んでも出なければならない。こういう場合はいつものように、6時や、7時頃に学校へ 行って寝るべし。
せっかく早く学校へ行ったので、寝ずに畑に行く。また手を汚してしまった。畑に行って寝なかったので1時間目にはドイツ語の 勉強を少しして、寝る。
倫理学入門読書会。間違えて、約1時間前に行ってしまった。今日は今年の院試問題の訳。確か内容は「人間というものは、歴史 的な文脈の中において存在が可能なのである」とかなんとかいうものだったような...。読書会の後には某先輩より私の今の現状に ついて極めて客観的な、それでいて極めて冷静な観察による、重要な意見を頂戴する。ともかく、その点については私自身少なから ず考えていたことなので、塾考の上判断を下さねば...。 もうすでに眠気は吹き飛んでいたが、明日の朝の講義に間に合わないとひどい目にあうので、無理やり布団の中に入って寝る。
"come to high office"で「大統領に就任する」という意味になるのか。そう言えば昔やったような。スタートレックを見るために 1週間ぶりにテレビをつける。春休みが終わった今となっては、この番組を見る以外にテレビをつけることがなくなってしまった。 げげ、NHKの講座を見ていないことがばれてしまった...。
オレもあと8年8ヶ月ちょっと経てば、30歳か...。
昼から学校へ。ゼミと資格過程に必要な授業だけ出て、バイト。そう言えば、先週20人ぐらいいたゼミも今週は数名しかいなか ったなー。そろそろ、実践理性批判(以下実理)のレジュメを作らねば、てゆうか昨日も読んでいたけど全く分からない。
Some says that my English diary is so bore,conparing with Japanese one, so I will write a English one in the English page, and I will resume the work in Japanese.
勉強不足。単語、文法、テクスト解釈をもっともっと、死ぬほどやらねば。
I overslept and was late getting to the school. I have not written a book review. Far form it, I have not read a book. I also did not do the work of a reading circle.
It seems to be changed the door of coin laundry to the type that can be locked by code number. I woke up past noon. It seems that I can not go to the field, because of rain. I have to go to Osaka today to have a meeting of UNICS(Union of Information Culture of Students) and to buy some textbooks of lecture that I take. I need a practice of an English composition.
I read "geriatric power".
I read "THE SORROWS OF YOUNG WERTHER" ,Johann Wolfgang Von Goethe,translated by Michael Hulse,1989, Penguin Classics, after a long time and this phrase fails to my eyes.
"Without doubt, the only thing that makes Man's life on earth essential and necessary is love.",p.64
But how does it say in the original. I look up the phrase in the original(Bibliothek der Erstausgaben).
"Es ist doch gewiß, daß in der Welt den Menschen nichts nothwendig macht als die Liebe.",p.64
I suprised at the fact that these two phrase are respectively on the same page.
I do not know how to show a name of book like a "....",....,.....,. ,
I went to Osaka to attend a meeting. First we went to one shop to eat, and second went to another shop to have a meeting. Umm, my bad English skills makes me sad.
It seems that the expression that I usually use "souieba" is said like a "that reminds me―" in English. To buy some books for report, I went to a bookstore.
「倫敦塔 幻影の盾 他五篇」、夏目 漱石著、岩波文庫、1990年
「実践理性批判」、カント著、波多野 精一・宮本 和吉・篠田 英雄訳、岩波文庫、1979年
「道徳形而上学原論」、カント著、篠田 英雄訳、岩波文庫、1960年
「超能力のトリック」、松田 道弘著、講談社現代新書、1985年、105円
「旅行業界」、皆川愼吾著、教育社新書、1988年、105円
It is two times that I bought "Foundamental Principles of the Metaphysic of Morals ".
I do not know how to use a tense. Well, I must read "London Tower" and write a book review about it.
「方法序説」を読み終わる。特に私の関心を引いたのは、全部で6部まであるうちの、第2部、第3部、と「ワレ惟ウ、故ニワレ 在リ」が出てくる第4部であった。次は何を読もうか。そう言えば、「カントの人間学」が読みかけになっていたような...。
倫理学史の勉強や、倫理学用語の勉強を踏まえて、「森本の倫理学用語集」でも作るか...。
日本語もそうであるが、私の英語力はとてもひどいものがある。はっきりいってこのままでは、院試どころではないであろう。と いうことで、当分の間英語で日記を書くことにする。ただし、書名や固有名詞については日本語で表記することもある。
Though I said that I write a diary in English, can I continue this, on earth, so long time? But whatever the reason is, I have to do, because I will take the EIKEN(testing English proficient) pre first.
sleepy, sleepy, sleepy! to sleep or not to sleep that is the question! Oh, I have no clothes to wear because I have not washed them. I was late for first period. after that I went to PC room to make bussiness card. in comming back to home I saw the menber of field club doing the work, so I dropped in there.
Oh I have to go to the work today to teach Mathmatics instead of the teacher in charge of the class. I think that my English has a the very tendency of Japanese English― though it needs the argument of what is Japanese English.
In reader of my diary, some can not read English. So I have to think something good way to be read my diary. I must read many books written in English to progress my English skills. Thogh I recognized that the content of my diary has been changed since I began to write it in English...
I can use only basik words. By the way I borrowed some books in a library today.
「クラシックの名曲100選 CD紹介付」、宮本 英世著、音楽之友社、1994年
"Kritik der reinen Vernunft",Immanuel Knat,Universal-Bibliothek,1966
昼から学校。暇なので就職課に行って就職試験や国内旅行業務取り扱い主任者の資格について話を聞くはずが、いつのまにか公務 員試験の勉強会を呼びかける役をするはめに。それから昼の講義に出る。講義の後、某助教授殿の研究室を訪れ、来週からカントの 勉強会に付き合っていただくことになった。形式としてはカントの「実践理性批判」を邦訳版で読み、あらかじめ私がまとめておく だろうレジュメなんかを使って進めて行くような形で進めて行くことになった。ホントに大丈夫なのか...。
その後は久しぶりにテニスをしに行くが、変な間違い電話のせいで途中で抜け出して帰るはめに...。
7時半から某組織のスタッフ君を北大路まで呼び出して、某組織のスタッフ会議。
「方法序説」の合間に「老人力」なんかを読んでみる。ふーん、というくらいだろうか。
最近は―というか前からだが、洗濯を全然しないので学校へ着て行く服がなく、スーツ姿で登校という日々である。今日こそはそ れを避けなければ。
畑部勉強会の準備をしておこう。結局今年は部長と書記と会計を全部やれとかいう話になってきた。彼女らはモンテスキューの三 権分立を知らないのか。とりあえず新入生が入ってくることを予測して「農具の使い方」「畑(畝)の作り方」なんかをやるのが一番 良いだろう。ここで「効率的農業のあり方として、一定の土壌に含まれる有機リンの濃度が...」などと言い出した日には、去年の ようにあっという間に新入生が去って行き、1年後には一人も残らないという悲惨な状況になるであろう。
今日は雑用を済ませる為徹夜しよう...。
某所でラーメンを食べ、森本がいつも利用している某書店高野店に行くがデカルト先生の「方法序説」なし。仕方なく北白川店に 行き「方法序説」と数冊の本を購入。
「方法序説」、デカルト著、谷川 多佳子訳、岩波文庫、1997年
「哲学原理」、デカルト著、桂 寿一訳、岩波文庫、1964年
「14日完全マスター 英検準1級 合否を分ける直前対策 実戦問題723」、宮野 智靖・木村 ゆみ著、こう書房、1997年
「老人力」、赤瀬川 原平著、筑摩書房、1998年
またまた寝坊。1時間目の終了間際から出席、残りの講義にも一応出席する。やはり、資格過程の講義以外を受講するのはかなり 厳しいものがある。なんといっても勉強する時間が限られてします。登録を取り消す方向で検討しよう...。
夕方より倫理学入門読書会。今日は「How could ethics depend on leligion?」の最終回。次回は今年の院試の問題をやるらしい。
読書会の後は学校の友人達と共にお食事。そのまた後は某友人宅に行きだらだら話をする。
ぜんぜん眠たくならない。→夜更かし。→寝坊。あー、やばい。
まあいいか。明日出なければならない講義は3時間目のゼミと、4時間目の英語コミュニケーション、それに5時間目の情報機器 論である。5時間目の情報機器論については資格過程なので出席しなければ単位を取るのは困難であるが、バイトの関連もあり今年 度での単位の取得は一応諦め―テストとレポートだけは出しておくが、来年度暇があれば取ることにする。
そう言えばゼミの宿題なるものをしておくのを忘れていた。確か文献のリストアップと、卒論の目次の作成とかいっていたような ...。村上春樹なんて読んでいる場合ではない。
プラトンと比べキェルケゴールともなると急に文章が難しくなって理解できない。そもそも、(関係が)弁証法的っていうことばが よく出てくるが、これはどういうことなんだろう。正と反の関係にあるってゆうことなのだろうか。それとも正あるいは反と合の関 係にあるってゆうことなのだろうか。あるいはまた、これとは全く違った意味合いなのだろうか。わからん。
「死に至る病とは絶望のことである」ってゆうのは『「死に至る病」が「絶望」である』ってゆう主語と述語の関係ぐらいは分かる けど、絶望たるや何かがわからない。私の理解が正しければ、彼によると絶望とはいろんな形態があるようであるが、次のようなこ とはどのように理解すれば良いのだろうか。
―自分は絶望していると自ら口にして言う者は絶望している... 「死に至る病p.36」、キェルケゴール著、斎藤 信治訳、岩波文庫、
1939年
―自分が絶望していることを意識していないこともまたまさに絶望の一つの形態である... p.36
これだったら全ての人間が絶望していることになる。にもかかわらず彼は次のようにもいっている。
―本当に絶望していない〔もはや絶望していない!〕人というものは確かに非常に希にしか見出されないのである。 p.42
「措定」ってなんだろう。
キェルケゴールは時間の概念を「瞬間の連続」と考えているように思えるが、果たしてどうなのだろうか...。
そう言えば畑部の住所録も作らなければ...。
畑部の住所録一応完成。
今日のスタートレックも極めて倫理的な問題を取り扱ったものであった。その概要といえば、メトリオン爆弾という原子爆弾に似 た爆弾を開発した側、つまり研究者側の主張がいかに正当化され得るかという問題を十分に含むようなものであった。人類の発展の 為に開発した爆弾が、研究者のそのような意図とは無関係に政治的利害関係の為に政治家たちによって利用される。そこで起こって くる研究者と、それらの研究者が人のために良かれと思って開発した物によって被害を被った被害者とのすれ違い。んー、なんとも 言えないものがある。悪いのは政治家か。それとも、そのような事態が起こること自体が、自然選択によって本来的に決定されてい るのだろうか。あるいは、それは神の意志であり人間の原罪に対する罰なのであろうか。
トイレで考える。森本は全然進歩していないのではないだろうか。これでもいいのだろうか。このままで将来進みたい道へ進んで やって行けるのだろうか。さっき書いた科学者の話にしても、中学生の頃からはっきりいって何ら進歩していないではないか。なに か革新的な新しい視点が見出せているかというとそんなことはない。客観的な価値基準がそこに提示されているかというと、それも またそではない。
もう1つの決定的な欠点は私の語学力である。もともと私はこのようなL2(Language 2)なりL3を修得するのに向いていないのでは ないだろうか。確かに私自身、かなり努力不足の点があろう。しかしその点を考慮してもなお、そのようにあると最近になって思え てきたのは気のせいだろうか...。
その一方で、「いや、なんとかうまくやっているさ」という声がささやかれる。私がこのようにいつも不安にさらされるのは自分 自身でその原因がわかっているので良いが、いつまでもこの状態では困るし、早いうちにこの状態から抜け出さなければ。とはいう ものの状況によっては一生付きまとうこともありえそうだ。
寝坊。2時間目の途中から学校へ行く。行きがけにコンビニを3軒もまわってラジオを探すが、今ではコンビニにはラジオを置い ていないようである。
図書資料論の講義に遅れて出席。その後、昼休みにドイツ語の勉強をし、ゼミと英語コミュニケーションの講義に出席して、バイ ト。ドイツ語も1度目の壁に差し掛かったようだ。早目に乗り越えなければ...。
バイトの帰りに某所で本を買って帰る。
「国家・資格シリーズ 国内旅行業務取扱主任者 改訂版」、小林 正澄著、有紀書房、1997年
ベンタム氏より貴重なメールを頂く。デカルトの「方法序説」を読むのが良いらしい。そう言えば私がバイトの帰りに考えていた 「方法論/方法理論/方法学」というのに名前が似ている。あえてどんな学問のつもりで考えていたのかはいわないが(どうせしょう もないので)...。
あー、もう3時半だ。早く寝ないと明日の1時間目の講義に間に合わない...。
4時半近くなってきた。もう寝れない...。最近自分でも何をしていいか分からなくなってきた。やばい。
目がさめ時計を見ると9時半をまわっている。やばい、1時間目の授業を寝過ごしてしまった。結局きちんと起きたのは12時過 ぎ。1、2時間目は欠席して、3時間目の授業から出席。5時間目はバイトの都合で欠席。昨日相談した結果、火曜日を欠席すれば 単位はもらえないとのことなので―てゆうか当たり前か、資格過程を諦めるか、バイト先に無理を言ってどうにかしてもらうしかな いか。とにかく、教務課にも相談に行ってみるが担当の者が休みということで翌日来いといわれる。数人の友人に相談した結果バイ トの方をどうにかしてもらうよう相談することにした。
早めにバイト先へ行き用件を話す―かなり迷惑をかけてしまったが...。読書会の訳を少し送れて提出。バイトが終わった後、近 くにあった中華料理屋で食事をし、帰りに某所で本を買って帰る。
「日本古典文学への招待―古典を楽しむ九つの方法」、田中 貴子著、ちくま新書、1996年、105円
「倫理学常識講座」、上廣 哲彦著、社団法人実践倫理宏正会、1978年、105円
「ヤングアダルト情報源[常識編]」、サンマーク出版編集部、サンマーク文庫、1990年、105円
「アルケミスト」、パウロ・コエーリョ著、山川 紘矢・山川 亜希子訳、角川文庫ソフィア、1997年、105円
「じんかくのふいっち」、中島らも・わかぎえふ著、双葉文庫、1997年、105円
「ノルウェイの森 上」、村上 春樹著、講談社、1987年、下巻とセットで420円
「ノルウェイの森 下」、村上 春樹著、講談社、1987年、上巻とセットで420円
田中貴子氏といえば去年からうちの大学の助教授になった先生で、日本古典文学Iとかいう講義を受講した覚えがある。といって も1度も講義には出席しなかったが、なんとか単位は取てたような...。上廣哲彦氏の実践倫理宏正会というのもなかなか面白いよ うである。
またラジオ講座を聞き逃す。ともかく1時間目の授業には間に合ったので良かった。、まあ講義に間に合ったのはいいのだが、今 年からの目標は倫理学の技術を高めることにある。とりあえず朝買ってきた新聞を読みつつ、ドイツ語の勉強をしつつ、キェルケゴ ールの「死に至る病」を読んだりする。先生内職してゴメンナサイ、ゼミの担当教官なのに...。5時間目は教職必修の科目で、火 曜日の講義について少し問題を抱えているので相談するが、かなりやばい雰囲気になってきた...。
講義が終わったと同時に、樫原まで代講に行く。それから、帰ってきた後は日記を書いたり、教職の為に一応取った言語学の講義 を担当されている講師のホームページ
なんかを見たりする。教室に入ったときにかなり若い先生なのでどこかのオーバードクター氏だと思っていたが彼女は兵庫県にある 、某K大学のオーバードクター氏らしい。んー、若くっていいなー。とはいうものの私の方がもっと若いのだが、もし仮に私が同じ ような立場になったとしても、このように気持ちはいつまでも若くありたいものだ...。
「プロタゴラス」を半分くらい読んで眠りにつく。
しばらく寝て、朝の9時ごろに某組織の某君から起こされる。そういえば今日は学校にバイクを取りに行かなければならないし、 それよりも西賀茂にあるバイト先にテキストを取りに行かなければならない。西賀茂で某氏としばらく話した後家に帰って「プロタ ゴラス」を読みつづけていると、昨日一緒に飲みに行った某友人から競馬に誘われ、せっかくだし付き合う。そういえば私が競馬に 行ったのは高3の夏に友人と行き、友人を裏切って以来である。
警備員1「きみきみ、ちょっと待って。」
森本「えっ、何ですか。」
警備員1「失礼ですが、何歳ですか。」
森本「あっ、オレ?」
森本「...二十歳」
警備員1「生年月日は」
森本「えーっ、昭和...50年1月11日」
警備員1「干支は」
森本「はっ?」
警備員1「干支は」
森本「干支って何ですか。」
警備員2「何年ですか」
森本「あーあ、そういうことね。えーっ、えーっ、ウサギ!!」
なにやら、こそこそ言っている。きっと私はつかまって、どこかへ連れて行かれるのだろう。拷問だ、拷問に決まってる。拷問を受 けるんだ。
そこに私の友人某君が勝馬投票券を手にし、何食わぬ顔で戻ってくる。彼は一瞬でその場の雰囲気を察知ようであったがその時には もう遅かった。
警備員1「あーっ、ちょっときみきみ、君何歳。」
某友人「えっ、オレっすか」と某君。「18です」
警備員1「18歳だったら、馬券かったらいけないの知ってるでしょ」
某友人「いやー、知らなかったっす」
なにやら、警備員達がこそこそ話している。
警備員2「知らなくても、一応つれて行くっていう規則でしたよ...」
警備員1「それなら仕方ないな」
警備員1「それでしたら、ちょっとこちらの方まで来てもらえますか...」
警備員1「先輩はどうされますか...」
どうやら、俺に言っているようだ。
森本「えっ、オレ...。オ、オレはいいです。ここで待ってますから...。」
警備員1「はっ、そうですか。」
警備員1「それでしたら、終わったらこちらの方に連れてきますので、ここで待っててもらえますか。」
森本「はっ、はい!!」
もちろん警備員と私の友人―私から一方的に裏切っておいて友人と呼んで言いかどうかは定かではないが、が見えなくなると同時に 逃げる。しかし、もう一度ここまで戻ってくるといっていたし本当に戻ってくるかどうか確認できる場所にいなければならない。帰 ろうか、それとも待っていようか。とにかく待つことに決める。私の友人が私のことをばらさないか不安で仕方がない。
私の友人が警備員に連れられて帰ってきた。あー、よかった。とか思うかボケ。きっと私のことを裏切って告げ口したに違いない。 そうだ、あいつらはオレのことを捕まえに来たんだ。そうに決まってる。それなら早く逃げなければ。私は一目散に逃げた。それで も友人とはぐれない為に、入り口へと通じる道で待ち伏せしたいた。すると友人と警備員が一緒になって歩いてくるではないか。こ れはオレのことを探しているに違いない。影に隠れ3人の動きをずっと目で追って行く。3人は入り口まで行くと、私の友人が出て 行くのを見をくり、またこちらの方へやって来る。どうしたんだ。なにがどうなってるんだ。そうか、わかったぞ。これは囮作戦に 違いない。そうだ、そうに決まってる。へ、へ、へ、だまされるかってんだ...。しばらく待つ。それでも警備員が隠れている様子 はない。
しょうがなく警戒しながら、友人の方へ近づいていく。ここで捕まれば確実に私のほうが刑は重いはず。これで学校を休みでもした ら、いままで頑張ってきた皆勤はどうなるんだ...。いや、それどころではない。もしつかまれば、日本に残ることさえ危ういぞ。 一度本で読んだことがある。こんな場合、シベリアかどこかへ連れて行かれて強制労働させられるんだ。あー、これでオレの人生も 終わりか...。
森本「アックン!」
某友人「おー、森本やんか」
このとき私は何がしかの弁解をしつつ、実はそんな深刻な話ではなかったということを知らされたのであるが、ただあまりにも気 が動転していた為、というのもどのようにして私が彼を裏切ったことを弁解しようかということに必死であったので、その後どのよ うな会話を交わしたか覚えていない。ただこれ以後、私が競馬に行かなくなったというのは事実である。
そう言えば、こんな話もあった。小学校6年生のときである。
某友人「ねーねー、今日学校が終わってから釣りに行こうか」
森本「いいねー、でも釣りって学校で禁止されてるんだろ」
某友人「そんなのどうだっていいよ。だってばれるはずないじゃん」
森本「そうだね、行こう行こう」
そういうことで話が付き、学校が終わった後一旦帰宅してから釣りに行く、それも学校の隣にある池に。てゆうかばれるだろ(ばれ たんだけど...)。
森本「・・・・」
某友人「・・・・」
なかなか、というか何も釣れない。池の中に見えるのはおたまじゃくしばかり。そんなとき、
森本「お、おおおおー」
某友人「どうした、何が釣れたー!」
森本「いやー、その...」
某友人「な、なに」
森本「地球釣ったみたい」
などと、しょうもない話をしながら時が過ぎていく。
某友人「そろそろ帰ろうか」
森本「うん」
某友人「あ、あー!!」
何が起きたのか始め分からなかった。
某友人「た、助けてー」
森本「あ、あ、あー」
某友人「た、助けてくれー」
森本「・・・・、あ、あー」
よく見ると友人がちょっとした弾みで池に落ちてしまったようであるが、私はなにも出来ないでいる。ちょうどその時、さっき通 りかかったばかりの、大人の人が助けに来てくれた。そういうことで、私の友人―ここでも私は彼のことを友人と呼んでいいのかど うかが疑問であるが、は助かり、私たちはそれから1週間近く学校で散々絞られることとなったのである。
競馬の後食事に行き、某友人の彼女なる人と合流する。何もすることがないということになって―それなら本屋に寄って帰りたか ったが、結局ゲームセンターへ行く。その後、私のわがままで本屋に付き合ってもらい何冊か本を買う。
「饗宴」、プラトン著、久保 勉訳、岩波文庫、1952年
「パイドン―魂の不死について」、プラトン著、岩田 靖夫訳、岩波文庫、1998年
「パイドロス」、プラトン著、藤沢 令夫訳、岩波文庫、1967年
「国家(上)」、プラトン著、藤沢 令夫訳、岩波文庫、1979年
「国家(下)」、プラトン著、藤沢 令夫訳、岩波文庫、1979年
「ニコマコス倫理学(上)」、アリストテレス著、高田 三郎訳、岩波文庫、1971年
「ニコマコス倫理学(下)」、アリストテレス著、高田 三郎訳、岩波文庫、1973年
「存在と時間(上)」、ハイデガー著、桑木 務訳、岩波文庫、1960年
本屋の後は某喫茶店でチョコレートパフェ。
「ゴルギアス」を読み終わる。これも対話篇のようだけど、いつもとは違ってソクラテスの回想という形式である。この対話篇はな かなか納得の行く終わり方であった。
「死に至る病」を読み出す。
「ゴルギアス」を読み終える。今回はソクラテスと対話しているどちらか一方が「急用を思い出して逃げて行く」という形ではな かったにしろ、ソクラテスの独舌で他の人には有無も言わさず幕を閉じていくというきわめて不自然な終わり方。次はプラトンの 「国家」か、アリストテレスの「弁論術」、あるいは「ニコマコス倫理学」でも読んでみたいものである。 おもてを見ると雨。うー、このままでは外に出る気がしない。そう言えばこの前傘を買ったのを思い出し、散歩がてら本屋と食事 に出る。とりあえず私が買った本。
「科学の方法」、中谷 宇吉郎著、岩波新書、1958年、100円
「細胞の社会―生命の秩序をさぐる」、岡田 節人著、講談社、1972年、100円
「スーパーファミコン任天堂の陰謀」、高橋 健二著、光文社、1991年、100円
「MS-DOSとは何か―パソコンオペレーティングシステム入門」、脇 英世著、講談社、1986年、100円
「ブラックホール―宇宙の終焉」、ジョン・テイラー著、渡辺 正訳、講談社、1975年、100円
「哲学史序論―哲学と哲学史」、ヘーゲル著、武市 健人訳、岩波文庫、1967年、350円
「プロタゴラス」、プラトン著、藤沢 令夫訳、岩波文庫、1988年
「死に至る病」、キェルケゴール著、斎藤 信治訳、岩波文庫、1939年
「道徳の系譜」、ニーチェ著、木場 深定訳、岩波文庫、1940年
散歩から帰ってきた後は、学校へ行きビラを貼ってまわる。それから某友人と四条まで出て行き、3軒ほど飲み屋を回りつつ某組 織で使うときの値段の交渉なんかをしてまわる。
頭が痛い...。それでも勉強をせねば...。
某嬢より0時過ぎに電話がかかってくる。そういえば、今日は履修届けを出す日だったのか。あと半日の間に今年の履修科目につ いて考えなければ...。ここで私の選択肢は次のようなものである。
ゼミ以外の科目登録を全くせず、残りの2年間は必要以上に学校へは行かない。
資格過程に必要な講義のみを登録し、それらの講義に出席する。
資格過程に必要な講義のみを登録し、必要以上に講義には出席しない。
私の場合、これに第3の要素を考慮に入れ考えなければならないであろう。
どうも去年の暮れに作った、「3回生前期・後期履修モデル」なるものは全くといっていいほど役に立っていないようである。 そういえば去年見た教育テレビで、児童生徒からの「なぜ学校で数学をやるのか」という質問に対して有馬文部大臣は「将来数学 が勉強したくなったときの可能性を十分考慮して、後悔しない、まだ十分に間に合う時期にやっておくのが良いから...」などとア ホ見たいなことを言っていたが、確かにそれはそれで重要なことなのだが、そもそもそんな回答では根本的に算数・数学を嫌ってい る児童生徒を説得するには至らないであろう。そこで私は次のように考えているのだがどうだろうか。つまり「数学の教育とは論理 的思考能力の確立であり、そしてそれは社会性の育成へとつながり、最終的には高い道徳的認識へとつながる」と。
ソクラテス「なるほど、君のいっていることは分かるよ、セイイティヌス。つまり君はこういいたいんだね、物事の筋道が 理解出来るようになれば、正・不正の判断が出来るようになると。」
セイイティヌス「君は私のいっていることを本当に良く理解しているよ、ソクラテス。」
ソクラテス「私も君がそういうと思っていたよ。それならいってくれ、セイイティヌス。そもそも正とはなんであり不正と はなんなのかを。」
セイイティヌス「ソクラテス、私には君のいっていることが全くといっていいほど理解できないよ。」
ソクラテス「それならいいだろう。では正・不正というのがなんであるかというのが分かったとして、君は数学の技術をそ なえた人間は真に道徳的存在たりうる、こういいたいんだね。」
セイイティヌス「全くその通りだ。」
ソクラテス「それなら、数学の技術を備えた人が欲することはなんでも道徳的に正しいということになるね、セイイティ ヌス。」
セイイティヌス「うん、そのようだ。」
ソクラテス「ならいってくれ、セイイティヌス、数学を身につけた人が人を殺してもそれは道徳的に正となりうるかどうか 。」
セイイティヌス「残念だがソクラテス、私には急用があるようだ。このことはまた次の機会にして、そのときまでに考えて おくとしよう、それでは。」
私にとって100ページを越える読書は苦痛である―読み終えたあとの感動はなんともいえない物があるが...。とりあえず「ゴルギ アス」を読み終えたら中級ドイツ語の勉強でも再開しよう。 朝から某友人に起こされ学校へ行く。そう言えば今日は履修登録の締切日だったんだ。そういうことで朝から時間割を組むが、と いってもある程度は決めていたのだが、それでもなかなか決まらず結局締めきりのぎりぎり前に仕上げる。とりあえず、コマだけは 全て埋めておいたが、どれだけ出席するかはかなり怪しいものがある。とにかく卒業は保証されているので(ほんとに?)あとは気楽 に行こう...。
履修届を出した後、友人たちと某所でお食事。それから家に帰り、大阪まで「学生情報文化連盟 UNICS」なるもののミーティン グに行く。発足の呼びかけ人は私であるが、かなり現実的な構想となってきたようだ。行きと帰りの電車の中で「ゴルギアス」を読 み続けるが、カルリクレスもソクラテス同様人から恨まれても然るべき人物であるように思えてくる。それどころか市中引き回しな んかになってもおかしくなさそうである。まあ、カルリクレスの場合には弁論家であって、人を自分の思ったように信じ込ませる人 であるから、ソクラテス以外の人と話しているときにはそのようには見えないのであろうが...。
てゆうか、カルリクレスは弁論家なのかなー。ゴルギアスとポロスがそうであることはわかるが、もしかしたら違うのかなー。誰 か知っている方があったら教えてください。てゆうか「カルリクレス」という呼び名もそのままの呼び方で合ってるのかなー。たし かヒューム氏は「カリクレス」と呼んでいたように思えたが...。
カルリクレスの呼び方については「岩波 哲学・思想事典」、廣松 渉等編、岩波書店、1998年で調べると、綴りから「カルリ クレス」とも「カリクレス」ともどちらにも読めるということがわかった。ちなみにカルリクレスはソフィスト(理論的もしくは実 践的な専門知識を持っている人)であるということもわかった。またゴルギアスはこの専門知識の中でも弁論術の専門知識を持つも ので、そのため弁論家と呼ばれているらしい。すると、カルリクレスも弁論家と呼んでいいのかな。ちなみに、カルリクレスは快楽 主義者だったようである。そういわれてみればそういう気がしてきた。たしかカルリクレスによれば「善いものと快いもの」とは同 じ者であったはず。
深夜に三重の実家に帰っている某友人から電話。その話中に某組織の某氏から電話。 1ヶ月近く放置されていた御飯カビカビ爆弾と、豚の角煮カビカビ爆弾撤去。
昼過ぎに起床。今日もまたビラ配りに行けなかったので、布団の中でごろごろ。天気も良いし、花見がてら外出。本を読みながら (それだったら花が見れない)歩いて一乗寺まで行き、某所でカレーを食べる。行きがけより少々寒いと感じていたせいもあり、帰り は電車。うー、無駄使いが過ぎるような...。それにしても某E電は運賃が高過ぎる。今日なんか一乗寺から二駅しか乗っていないの に、出町柳から乗ったときと同じ運賃を適用され腹が立つ。この某E電というやつは、とにかく決まった駅とその次の駅との間で区 間というのがあって、どこから乗ろうがその区間をまたげば運賃が変わるらしい。区切り方を見る限りあまり乗客数との関係もなさ そうだし(てゆうか電車の運賃って「距離×通常運賃がどうこう」ってゆうやつらしいから...)、やっぱり不公平だ...。ムカムカム カ...。
さていまから風呂にでも入って、倫理学入門読書会の予習でもするか。そう言えば昨日、今日の代講を頼まれたが断った。やはり、 読書会は休みたくないし...。
読書会に行き、諸先輩方と夕食。帰りに某所で2冊本を買ってくる。
「ゴルギアス」、加来 彰俊岩著、岩波文庫、1967年
「基本を知って成功する 独立・開業のすすめ方」、安藤 起子著、二期出版、1997年
私が本気で倫理学を志すきっかけともなった、某大教授の新しい論文(?)を拝見。日本における教育のあり方・学問のあり方につ いて書いておられるが、数学の知識あるいは理系分野の知識が現在の、特に私立文系の学生にとって必要であることはは納得の行く ばかりである。
「メノン」を読み終わる。プラトンの著書もなかなか面白い。それにしても、プラトンの対話編をいくつか読み進めていくうちに さりげない疑問が私の頭に浮かんでくる。
そもそも、ソクラテスと対話をしている人は都合が悪くなると「けれども、ソクラテス、私にはあなたの謂わんとしていることが 全くといっていいほど分かりません。あなたはそれによって一体どういうことを意味しようているのですか。」などととぼけてしま うのは何故だろうか。
ソクラテスが「無知の知」でアテナイ一の知者であることは分かるが、従って対話の中でこれといった結論が出てしまうようなこ とがあってはならないというのもわかるが、どうして対話編はああいつも不自然な、というか一方がわざとらしく議論から逃げて行 くような仕方で終わって行くのだろうか。
んー、それにしてもソクラテスがミレトス等から告訴されて、死刑になったと言い伝えられているのも納得がいくような...。
バイト先からの電話で起きる。ビラ配りにも寝坊し、朝のラジオ講座も聞き逃したので、せっかくだし学校にでも行って健康診断 を受けてくるか...。
学校で健康診断を受けた後はイラストレーターを使ったりして、某学生情報文化連盟とか称する団体の企画書等を仕上げる。それ にしても、私は健康診断を受けるときにはいつも決まって検尿でてこずる。というのは、「それでは検尿の検査を受けてください」 と急に言われても、尿なんてそんな出そうと思って出せるようなものではないため(少なくとも私にとっては)、いつも数時間待たさ れるのである。あと、視力検査や、身長測定・体重測定がいい加減。学生のスタッフを使っているためやっていることがでたらめ。 あんなので良いのだろうか。だから、私の身長が去年に比べて1センチメートル伸びているというのも怪しい。視力が一方では極端 に上がったり、またもう一方では下がったりしているのもかなり怪しい。てゆうか、去年の視力検査のときには業務がかなり煩雑な 学生スタッフに対してあれだけ注意していたのに一向に変わる気配なし。あまりひどいようであれば公的な機関に訴えなければ...。
以前、三重の方へ行かれたカント氏から進められて読みかけになっていた「カントの人間学」、中島 義道著、講談社学術文庫、 1997年を、先日ロールズ氏も進めて下さったのでまた読み始める。うん、うん、カント氏やロールズ氏がいっていたようにカン トが嫌なやつだというのがよく分かる。ただカントの書簡の訳文において、著者があえてそういうニュアンスを出しているのも事実 であろう。それにしてもカントの、ユダヤ人やその他の知識人でない人々に対する偏見というのは並々ならぬものがあるようだ...。
そういえば、中島義道の著書では「哲学の教科書」とかいうやつが大変面白かったように記憶している。
ああ、もう大学に入って3年が過ぎてしまった。もう一度将来のことについて、真剣に考えるべきであろう。大まかに分けて私の 選択肢は2つである。1つは卒業後も学業を志す。もう1つは就職して社会人になるというものである。今のところ私の第一志望は 、外部の大学院に進学し倫理学を主に研究して行くことであるが、ただそうすると大学院を出た後に何が残るのかという問題が当然 のことながら生じてくる。確かに私が大学院への進学を志望するのは私が将来研究者を志望しているからであるが、この研究者にな るというのは―そして研究者として安定した生活を送るというのは、必ずしも大学院へ進学し研究らしきことをするということとは 無関係とまでは行かないにしても、直結はしていないようである。そうすると、私自身の素質を―あるいは人によっては才能という のかも知れないが、を疑いたくなってくる。私がバイト先で親しくしていた(少なくとも私はそう思っていた)某氏は、今年大学院へ 進学が決定したのだが、次のように言っていた。つまり、理系においては約6割の人間が大学院へ進学するが、だいたい博士へ進学 する段階で、みんな自分が本当に研究者に向いているのか、果たして自分にはそれだけの素質があるのかどうか悩む人が少なくない というものであった。
しかし、それだからといって私は社会に出て社会人らしい生活を何十年も送るのにはよっぽど向いていないように思える。従って 現時点で私が考え得る就職は公務員を目指すぐらいのものである。あるいは、現在進行中の某組織を将来的に会社として企業すると いう手もあるが、こちらの方は極めて将来の安定という点において不安定といえよう。
もう1つの私を悩ませる要因は、先日母から送られてきた手紙の内容である。その手紙では私が幼少時代かかっていた病気につい てのことが延々と綴られていた。今は母の意思を尊重してその詳細な内容について触れることは避けるが、しかしこの事実は私を今 大きく悩ませているのは事実である。少なくとも、もう少し早い段階で私がそのことを知っていたならば、疑いなく私は医者への道 を志していたであろ。その点において、また手紙の中にもあったようにこのような重要な事実を本人に対して、生涯隠しつづけよう としていたことにおいて私は母の考え方には賛成し兼ねる。
ともかく、今は私の人生において大きな転機である。これから医学部を受け直し医者を目指すことはまずないであろうが(気が狂え ば別の話だが)、果たして私は倫理学の道を突き進むことが出来るのだろうか。
だいたい、私はカントを研究するということについても真剣に考え直すべきであろう。私はカントの思想に興味があるなどと世間 には公言しているが、それでは実際にカントの著書を隈なく読み尽くしたのかといわれれば、はっきりいって返答に困るものがある。 それでは、私は何に興味があるのだろうか。倫理学という分野、あるいは倫理学の根本的な問題である「人はいかに生きるべきか」 という問題に対して大変興味があるのは事実である。従って、それに関係する思想家についても興味があるのも多分事実だろう。そ うしたときに、本当にカントでいいのか。今はいいと思っているが、もしかすると明日になれば気が変わっているかも知れない(理由 もなくそのようなことが起こるとは考えられないが)。
これは、私の一種の逃避かも知れない。それならば、私はカントをやるべきであろう。ともかくこの問題はまた次の機会に譲ると して、少なくとも進学した場合には、将来の学費と生活費について、あるいは進学に失敗した場合にはその後の身の振りようについ てしっかり考えておかねば...。
朝から、アウトバーンとかいうサークルの代表に電話で起こされる。ちなみに、この「アウトバーン」というのはドイツの高速道
路(アウトバーン)にちなんで名づけたらしい。せっかく起きたので、ちょっと遅れて学校へ成績を取りに行く。一応2回生までに卒
業単位を確保するという予定は順調に進んでいるようだ。なんでも、卒業するまでには124単位を取得しなければならないらしい
が、今日もらった成績通知書によると、私の現在での取得単位数は136単位で、うち卒業単位に加算されるのが118単位。よっ
て、必修科目のゼミと卒論を出せばその他の講義は登録しなくても卒業確定ということらしい。私の登録したゼミでは講義はやらず、
毎回順番にまわってくる発表のときに参加すれば好ましいというもの。とにかく卒論を仕上げて出すのが目的らしいから、極端な話
2年間一度も学校へ行かなくても卒業できるということになる(もちろん行くが)。私の予定では、残りの2年間で大学院受験に備え
て勉強するつもりなので、今以上に頑張らねば。
丸太町にある某印刷会社までビラを取りに行き、帰ってきて倫理学入門読書会の訳を送る。その後修理に出していたバイクを取り
に行き、その足で学校へ行き某フェスティバルのポスターと仕上がったばかりのビラを貼る。それにしても、バイクの修理代142
70円はちょっと苦しい。それから友人を誘い焼肉を食べに行った後、某喫茶店によってチョコレートパフェ。ついでに焼肉を食べ
る前に某所で
「メノン」、プラトン著、藤沢 令夫訳、岩波文庫、1994年
「ソクラテス以前以後」、F.M.コンフォード著、山田 道夫訳、岩波文庫、1995年
を買った。
家に帰って早速「メノン」を読んでみる。
眠い。今日も某大学へビラ配りに行かなければ...。バイクがないのできつい。 家でNHKラジオのドイツ語講座とフランス語講座の半分を聞いて、某所までビラ配りに行く。1時間くらいビラ配りをした後(一 人で)、某所で工具を買ってきて、バイク修理。うっ、工具が足りない。仕方なくバイク屋へ修理に出すことに...。明日には出来あ がるそうだ。
某所で借りた本を読み終わる。プラトンもなかなか面白いなー。
森本「教えてくれ、エウチゥプロン、一体善くいきるとはどういうことなんだ...。」なんちゃって。
日記が更新されていないという声、続発。毎日チェックしてくださっていた方々ごめんなさい。自動論文読み機ではないが自動日 記書き機なんかあると便利だなー。ついでに、人生代わりに生き機なんかもあったりして。んー、でもよく考えるとこの意味でいう 日記を書く機械は、わざわざ自動なんていわなくても自動に決まっているか。
30分ほど休憩したら掃除をしながら勉強を始めよう。
そういえば3回のゼミの準備が全然できていない。
某所で借りた「ソクラテスの弁明」、プラトン著、山本 光雄訳、角川書店、1976年の中にある、エウチュプロンを読む。
・ダイモン→神々と人間との間をとりもつ格の低い神。
・イデア→物事の本質。
エウチュプロン 滑稽ですよ、ソクラテス、殺されたものが親類であるかそれとも他人であるかによって、何か違いがある と思っていられるが、しかし注意しなければならぬのは、殺した人が殺したのは正しいかそれとも正しくないかという点に関してだ けであって、もし正しければ、取り上げずにすますが、しかしそうでなければ、訴えでなければならない、そしてもし殺したものが あなたと「炉を共にする者」や「食卓を同じくする者」であるなら、特にそうでなければならない、と思っていられないなんて。p.12
エウチュプロンそれなら申しますが、神々にとって好ましいものが敬虔なもので、好ましくないものが不敬虔なものです。
ボンバーマンの出てくる漫画と、「アンパンマン」を見て寝る。それにしても、アンパンマンはどうしてあそこまでワンパターン なんだろう。この単純さは「ゴレンジャー」や「いなかっぺ大将」以上である。てゆうか、アンパンマンにやられてほしいと望むの は私だけだろうか。
11時半に某組織のスタッフ君を三条に呼び出しておいて寝坊。あわてて三条まで行き、某所でビラ配り。帰りに寺町といくつか
の本屋を周り、結局古本屋で
「小林よしのりの以上天才図鑑」、小林よしのり、幻冬舎文庫、1997年、350円
「寄生獣の秘密」、パラサイト博物誌編集部、データハウス、1994年、500円
「ジョジョの奇妙な秘密」、横浜JOJO倶楽部、データハウス、1994年、500円
を買って帰る。その後すぐ寝る。
9時半頃起きて寝ている間に電話のあった某氏に電話。パソコンをちょこちょこいじりながら、腹が減ったので近くの店で晩御飯。 やっと私の生活も落ち着きを取り戻し始めたらしい。さあ、勉強をせねば...。
今日も学校でビラ作り。んー、めんどくさすぎる。イラストレーターを買おうかなー。バイクを直そうと思ってチェーンカバーを はずすが、工具が足りなくて断念。以前は自分でエンジンを開けたりしていたが、最近ではネジを一本はずすのにも怪我をする始末。 もうバイクは扱わないと決めていたのに...。ともかく、近いうちに直さないと不便でしょうがない。明日あたり近くのカーショップ にでもいって、チェーンカッターとキリキリレンチを買ってこよう。いずれにしても、別の件で修理に出さなければならないのだが ...。
昼過ぎに起きて学校でビラ作り。その足で印刷会社に行くはずがバイクが壊れて行けなくなってしまった。てゆうか、このままで はバイトにさえ間に合わない。結局岩倉に住んでいる友人からバイクを借りてバイト先へ...。
そういえば、母から手紙が届いていた。先日叔父の家で私の(ホームページの)日記を見たとメールがあったので、大体の内容は分 かっていたが...。機会があれば詳しく載せよう。
今日は某大学の入学式。とはいうものの、関西ではおよそ11の大学で入学式が行われているようである。そもそも私は今日、某組 織の仕事でいろいろな大学をまわらなければならかったはず。まあいいか。ともかく学校へ行き、ビラを軽く配り、その後はまたビ ラの原稿作り。それから印刷会社に行き、ビラの見積もりを出してもらい、一旦家に帰る。もう一度学校へ行こうかと思ったが時間 がないので読書会の時間まで家でパソコン。読書会の後は、その足ですぐバイトに行き授業。帰りに某所で「Illustrator8.0スーパーリ ファレンスfor windows」、井村 克也、ソーテック社、1998年を購入。