奥村倫弘『ヤフー・トピックスの作り方』光文社新書、2010年

提供:mrmts wiki


 2010年7月30日(金)に阪大生協書籍部豊中店で15%オフで購入。2010年8月1日(日)に読み始め、同日読み終える。

本文からの引用、コメントなど

 そもそも「ヤフー・トピックス」というのがどのようなものなのかも知らず、勝手に”iGoogle”のようなものだろうと早合点して買ってしまったのだが、最初の数頁を読んでそうではないことに気づきがっかりしながら読み始めた。せっかく読み始めたので一応最後まで読んでみたけど、特に目からうろこが落ちるというようなものでもなかった。ただし第3章「コソボは独立しなかった」については、日本人の海外のニュースへの関心の低さを裏づけてくれるようなデータが掲載されており、また筆者の編集者(あるいはジャーナリスト?)としての苦悩が最も強く表れており読み返したいと思った。

ピックアップしたニュースとほぼ同じ内容が書かれたニュースを関連ホームページとしてリンクするのであれば、それはある程度機械にもできるのですが、この先が人間の感性が生かされてくる部分です。

たとえば「天気予報で『平年』という言葉をよく聞くけど、『平年』って何?」という疑問からリンク集を構成することもできますし、「降雪が激しくなるようだったら、雪害からどうやって身を守ればいいのだろう」という注意喚起を軸にリンク集を構成することもできます。いろいろな選択肢をとることが可能ですが、この編集者は、「冬の日本列島の表情」を伝えようと考え、3枚の写真をリンクで構成しました。

〔中略〕先日お会いしたある方は「ヤフーさんはIT企業なのでトピックスは機械が作っているのかと思っていました」とおっしゃっていたのですが、そんなことはありません。いずれ、機械が人間の感覚を模したような編集をシミュレートするような時代が来るのかもしれませんが、そうした技術が実現するのは、何年も先の話でしょう。[60-1頁]

 ここらへんはGoogleニュースなんかと対比しながら考えるとよい。ちなみに本書のなかでもあとで触れられているが、Yahoo!ニュースは全部かどうか知らないけど〔著者が言うところの〕「機械」が編集している。

 09年5月に入社した伊藤儀雄は、〔中略〕もともと弁護士を志していましたが、学生時代に「裁判は個別の事例を解決するけれども、全体的な解決に導けるのは報道だ」と気づき、新聞社に進路を変更。中日新聞社で4年間、新聞記者として働きました。[63頁]

 わたしにはどう考えたら新聞社が社会の問題を全般的に解決に導けるのか理解できない。「現状ではそうはなっていないけど自分が新聞業界を変えてやる」(というあまり現実的ではない)意欲をもってということならまだ分かるけど、もし新聞が社会の問題を全般的に解決に導いているということならば、新聞がどのような問題を解決に導いてきたと考えているのか気になるところ。もちろん新聞も社会の問題をそれなりに解決に導いてはいるだろうけど、新聞がそれを解決するわけではないし、それ以上に独善的な正義感や報道で報道被害をもたらしている反証例を挙げることの方が容易だろう。

 13文字見出しに「一目で分かる効果」があることは経験的に気づいていましたが、あとになって京都大学大学院の研究により「一度に知覚される範囲は9~13文字」であるという知見が報告されたのを知り、13文字という字数制限のまま編集を続けることに決めたのです。[73頁] 

 新書だから仕方がないけど、これだと京都大学大学院という大学の名前だけが先行していて、誰がいつどこでどのように行った研究なのか参照すらできない。せめてヤフー・トピックスを作っている際の精神を発揮して、読者が気になる先を読んで欲しいところ。

 原則として上から順に国内、地域、海外、経済、コンピュータ、サイエンス、スポーツ、エンターテイメントのジャンル順で、硬軟のバランスがとれるように並べていく方法です。大きなニュースがある場合には、並びを崩しますが、いつ見てもだいたいこの並びになっているはずです。[100頁]

 ヤフー・トピックスは8つのトピックから構成されているようで、その並び方について説明している箇所。海外が3番目に位置づけられているというのはやや驚き。

 芸能やスポーツの話題は読まれる傾向にありますし、自分との関係が見えにくい海外のニュースや、自分に関係するとしても遠い未来で関係してくるような年金や介護のニュースはどのようにしても読まれにくい傾向にあり、読まれ方に偏りが出てきてしまいます。

 と言っても、どれくらい読まれないものなのでしょうか?

 一つ例を見てみましょう。

 08年2月17日、国連暫定統治下にあったセルビア共和国のコソボ自治州が、同共和国からの独立を宣言しました。

 コソボと言えば、セルビア人とアルバニア系住民との民族紛争が絶えず、NATO軍によって行われた空爆のニュースを覚えていらっしゃる方もいるでしょう。そうした紛争に独立という形で決着がついたという、国際ニュースとしては歴史の一つの節目となるニュースでした。

 全国紙の紙面での扱いを見てみると、読売新聞は「コソボ独立宣言 臨時議会 セルビアは制裁へ」と一面5段で、朝日新聞も「コソボ、独立を宣言 国連加盟は困難か」と一面3段で報じるなど、全国紙では一面で扱う価値のあるニュースでした。

 トピックスでも「コソボ独立 米・欧と露が対立」と見出しを立てて、このニュースを扱いました。

 しかし、新聞一面級のニュースが読まれるとは限りません。この日、最も読まれたのは「東芝撤退 HD機を買った人は?」というトピックス。「また中田に屈辱 岡田監督激怒」「R-1ぐらんぷり なだぎ2連覇」などといった話題が続きました。

 肝心のコソボ共和国独立に関する話題がトピックスに占めたアクセスシェアはと言うと、翌日分を含めても全体のおよそ2%に過ぎなかったのです。[102-3頁]

 まあそんなもんだろうなあ。個人的な感触としては、新聞での海外ニュースの取り扱いが少ないというよりもテレビでの取り扱いが少な過ぎるのが問題なんだろうなあ。このあとも興味深いので引用しておく。

 閲覧率が低いということは、事実が広く認知されていないことと同じだとも言えるので、トピックス編集部のなかでは「コソボは独立しなかった」という言い方をしています。

 この言い方をほかのニュースに適用するならば、存在しなかったのはコソボの独立だけではありません。アフガニスタンでは大統領選挙が行われませんでしたし、イエメンでは内戦が起きていません。国内に目を向ければ、後期高齢者医療制度は制度すら存在しませんし、過去に一度も国家予算が成立したこともないでしょう。

 毎日新聞社常務取締役を務めたことがある河内孝さんは「だがそもそも、新聞の『国際面』は、読まれてきたのだろうか?少なくとも私が毎日新聞社で勤務していた時代、目にしたあらゆる統計で、読まれるトップ項目は『テレビ番組表』、次いで『社会面』『地域面』『家庭面』と定番が続き、『国際面』は常に最下位で、5~7%台だった(調査には回答者の”見栄”が反映するから、実際はもっと低いだろう)」(マイコミジャーナル、コラム「メディアの革命」)と指摘しています。[103-4頁]

 これもまあそんなもんだろうなあ。

 視野に入ったものが、必ず認識されるという保証はどこにもありません。それは新聞もトピックスもトピックス以外のニュースサイトも同じです。新聞の事情をよく知る毎日新聞社元常務取締役の河内孝さんも「結局、読者は自分の関心領域か、せいぜい、その周辺にしか目がいかないものなのである」と断言しています。[117頁]

この河内孝さんはたびたび引用され、わたしもまあそんなもんだろうなあと思うのだが、ここでもやっぱりヤフー・トピックスを作っている際の精神を発揮して、読者が気になる先を読んで欲しいところ。これではどこで言っていたのか分からず、検証のしようがない。

 特に戸別配達制度を持たないインターネット専業でニュースを提供している新興の報道機関は、記事をお金に換える手段として広告収入に大きく依存しているわけですから、よほど高い意識や志を持たなければ、その編集方針や記事の品質は、いつの間にかアクセス数偏重=ビジネス偏重によって骨抜きにされてしまう恐れを持っています。

 いや、恐れを持っているというより、すでに記事の品質の劣化は、利益を最大化するための「閲覧数の最大化」と「コストカット」の両面から始まっていて、ブレーキがかけられない状態に来ていると言った方が正しいかもしれません。[134頁]

 この意見は当たり前のようでいて意外と奥が深い。著者自身が冒頭から問い続けている「ニュースとは何か」といった問題とも関連している。

 ツイッターでは、自分の友達や同じ関心を持つ人をフォロー(登録)していると、自分に関心のあるニュースがどんどん入ってきます。株や投資を通じて仲良くなった友達であれば、その友達がチェックした株式に関するニュースが自然と自分のところに流れ込んできます。自分からわざわざニュースサイトを見に行く必要はありません。非常に潔い考え方ですね。

 こうしたニュースの摂取の仕方は、08年3月にニューヨーク・タイムズが掲載した記事で知られています。「もしニュースがそれほど重要なものであれば、ニュースの方が私を見つけに来てくれるだろう」(If the news is that important, it will find me.)というものです。[168頁]

 これはプル型の情報をプッシュ型の情報の話。