プラトン『ソクラテスの弁明』
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以下、角川版より。
だからそのように今も諸君にこれを当然なこととしてお願いするように私には思われるのである。これと言うのはことばの使い方――というのはこれは、あるいは上手であるかもしれないが、あるいはまた下手であるかもしれないので――そのほうは大目に見て、私が正しいことを言っているか、いないか、ちょうどこの点をよく見、またそれに心を向けることなのである。なぜならそれが裁判官のほうの徳であり、本当のことを言うのが弁論家のほうの徳であるのだから。(50頁)