学問」カテゴリーアーカイブ

20130427武庫之荘哲学カフェ参加レポート

 2013年4月27日に武庫之荘哲学カフェというのに参加してきた。せっかくなのでここで感想などを報告しておきたい。テーマは「あなたは だれ?」で、会場は尼崎市女性センター・トレピカ内にあるカフェ・トレピエであった。参加者は全部で14名おり、うち女性の参加者は5名であった。尼崎市内で会場を転々としているのは地域に根ざした活動として捉えればいい工夫だと思う。

 主催は武庫之荘哲学カフェ運営委員会となっているが、これまでの哲学カフェはすべて赤井郁夫さんが進行役を務めておられるので、実際には赤井さんがお一人でやっておられるのかもしれない。他にも協力者がいる可能性もあるが、いずれにしても赤井さんは一人で全部切り盛りできそうなぐらいパワフルな人だなあとの印象を受けた。まあ、こういうのは聞けばわかる話だけど、もともと参加レポートを書こうと思って参加したのではなくて休みの日に趣味で参加したようなものなので、あえて舞台裏のことは聞かなかった。

 きれいなチラシやブログ、以前開催した哲学カフェについての丁寧で詳しい報告などには本当に頭がさがる。やろうと思ってもなかなかできるものではない。

 参加者は全体として年配の方が多かったように見受けられた。神戸で行なっている哲学カフェも概して年配の方が多い。この点、参加者の傾向性については他にもいろいろな哲学カフェに参加して分析したい。

 哲学カフェのルールについてはみんながいつでも確認できるよう掲げられており、その内容は「意見を押しつけない」や「対等な立場で参加する」や「人の話はきちんと聞きましょう」など、ごく一般的なものであった。

 発言したい人は手を挙げて進行役から当てられるのを待つ。参加者が発言したあとはたいてい進行役が発言の内容を要約するので、進行の仕方としては進行役の関わる度合いが比較的強く、進行役の性格が強く表れた哲学カフェと言えるだろう。

 話し合われた内容については赤井さんがまたまとめたものを公開されると思うのでそちらに譲りたい。

 ということで、また予定が合えばぜひ参加したい。

2008年11月6日(木)の日記

 昨日、某授業のTAでお世話になっている瀬戸山先生から下記の本をいただきました。感謝。

  • 杉田米行編『日米の医療―制度と倫理―』大阪大学出版会、2008年

 とりあえず瀬戸山先生が書いている第7章「遺伝子医療時代における倫理規範と法政策―生命倫理学と法学の知的連携にむけて―」だけ読む。例のごとく誤字脱字を見つけてしまったので、一応気がついたところだけ(もう誤字脱字を気にするのはやめようと思っているのだけど、見つけてしまうとつい指摘したくなってしまう)。

  • 154頁2行目:正議論→正義論
  • 170頁13行目:正議論→正義論
  • 177頁5行目:含めるべきでる→含めるべきである
  • 179頁4行目:理論の応用し→理論を応用し

2008年9月29日(月)の日記

 もうすぐ授業も始まるし、生活のリズムと体調を整えなければ。

 功利主義とパターナリズムはどういう関係にあるのだろう。喫煙者に対して「健康によくない」や「余命を縮めることになる」と言って禁煙を勧めても、「健康を害そうが、それが引き金となって早死にしようが一向に構わない」と言って煙たがられるのがおちである。だが、実際に喫煙が原因かどうかは別としても、喫煙と相関性が高いと疑われている不治の病にかかったとき、喫煙者が何らかの形でそれまでの喫煙を後悔することがほとんどで、そのことによって家族も含めて全体の不幸が増すのだとしたらどうだろう。功利主義の立場からはパターナリズムで強制的に喫煙をやめさせるか、ほぼそれに近いような社会政策によって喫煙率を下げるべきなのだろうか。

何らかの形で喫煙を後悔するというのは、例えば(1)喫煙により喫煙者の余命は平均余命よりも期待値をとった場合明らかに短くなっているにもかかわらず、その点には注意を払わずに平均余命を目安に人生設計を立て、実際に病気にかかったときに自らの期待が裏切られたことに気づき喫煙を後悔するとか、(2)病気が原因のうつ病で、、、(3)

2008年7月28日(月)の日記

 病院の待ち時間などを利用して、貯まっていた4日分のコラムを読む。

 まずは朝日新聞のコラムから。2008年7月26日付のコラムは文化庁が実施した「国語に関する世論調査」についての話。「鬼籍に入(い)る」とは、人が亡くなることを言うようだ。知らなかった。鬼という字にはもともと、「人が帰るところ」という意味があるそうだ。25日付のコラムは八王子の無差別殺傷事件について。

東京・八王子の書店で起きた無差別殺傷事件で、アルバイトの大学生斉木愛(まな)さんが犠牲になった。人柄を知る人は「明るく、まじめな人でした」と評している。だが、一昨日までなら、尋ねられれば「明るく、まじめな人です」と答えていたはずだ▼憎んでも余りある凶行が、「です」を「でした」に変えさせた。かけがえのない命を過去のものにした。愛する肉親を、親しい友を、いまや過去形で語らなくてはならぬ人たちの無念は、いかばかりかと思う▼(2008年7月25日付「天声人語」)

 人を殺すという行為には、「現在のもの」を「過去のもの」にしてしまう力が備わっている。「現在のもの」が「現在のもの」であり続けるためには、絶えず継続する意識や、そうした意識を取り戻す見込みがあるということが必要なのかもしれない。このことはまた機会があるときにじっくり考えたい。

 次は毎日新聞のコラム。2008年7月28日付のコラム「インドネシアの介護士受け入れ」についてでは、インドネシアの人たちが子どもをかわいがり、ホスピタリティーにあふれた国民だということが書かれている。26日付のコラム「競争相手を示す『ライバル』という言葉は・・・」の冒頭は、ロックらの所有権論に通じるところがあっておもしろかった。

 競争相手を示す「ライバル」という言葉は川の「リバー」と同じ語源らしい。もとは「同じ川の流れを使う人」という意味で、川の流れが細ければお互いに張り合って、足をひっぱり合う関係になってしまう▲もっとも川の流れが豊かならば、その恵みを分かち合い、お互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合うライバル関係も生まれる。(2008年7月26日付「余禄」)

 読売新聞のコラムには特にこれといったものはなかったが、2008年7月27日付のコラムで、特許庁のロビーに「10大発明家」のレリーフが飾られているという話は勉強になった。

      豊田佐吉(木造人力織機)
      御木本幸吉(養殖真珠)
      高峰譲吉(アドレナリン)
      鈴木梅太郎(ビタミンB1)
      杉本京太(邦文タイプライター)
      本多光太郎(KS鋼)
      八木秀次(八木アンテナ)
      丹羽保次郎(写真電送方式)
      三島徳七(MK磁石鋼
      池田菊苗(グルタミン酸ナトリウム)

 産経新聞と日本経済新聞のコラムもいくつか目にとまったものはあったけど、あえて書き留めておこうと思うほどのものではなかった。

2008年7月23日(水)の日記

 暑くて6時半に目が覚める。久しぶりに全国紙の各コラムに目を通す。

 輸入ウナギに「愛知県三河一色産うなぎ」のシールをつけてぼろ儲(もう)けしようとした業者が摘発されたが、どうやら氷山の一角らしい。国内で“本当に”養殖されているウナギは消費量の2割にすぎないはずなのに、近所のスーパーでも「国産」モノが陳列ケースの大半を占拠しているのはどうしたことか。(2008年7月23日付「産経抄」)

 確かにこう言われてみると、すごく説得力がある。今度スーパーに行ったら国産と中国産の比率に注意してみよう。

 朝日のコラムは、知が蓄積された存在として人を考えることについて。様々な経験をした人を「本」として貸し出す「生きている図書館」が欧州で広まっているという話などが紹介されている。ロンドンのある図書館では元ホームレスが一番人気だったのだとか。このコラムは臨床哲学について考える上で何か役立ちそうな気がする。

 研究室の人たちと舞洲工場を見学してきた。フンデルトヴァッサーがデザインしたというのはあくまで外観のイメージだけで、そのデザイン画に6600万円も支払ったとのことだった。建設された年代が違うので単純な比較はできないかも知れないが、焼却能力が同じ森之宮工場は約40億で建設されていることを考えると、舞洲工場の総工費約609億円というのは文字通りけた違いに高いことが分かる。年間に1万6千人もの人が見学に訪れているとのことだったので、建設費の一部を回収するためにも、土産売り場の一つぐらいあっていいと思うのだが、そういったものは何もなかった。まあ見学者の大半は小学校の社会見学によるものだろうから、売店を作っても採算はとれないのかも知れないなあ。

2008年4月26日(土)の日記

 神戸で行われていた「書評カフェ」というイベントに参加してきました。「書評カフェ」の定義はよく分かりませんが、わたしが参加したイベントでは、(1)あるカフェを貸切にして、(2)絵本の朗読(読み聞かせ)があり、(3)本の内容について自由に話し合うというものでした。参加費用は500円で、飲み物を1杯注文することができます。事前の申し込みなどは必要ありません。カフェそのものが商店街の活性化のために作られたものであるという性格から、商店街で購入した食べ物は持ち込み自由です。

 今日は「大切な人に伝えたいこと」というのをテーマに、大谷智加子さんが書かれた『白うさぎ 黒うさぎ』という絵本を大谷さんご自身が朗読して下さり、全員で話し合いをしました。参加者は15名ほどで、20歳ぐらいの方から85歳の方まで幅広くいましたが、ケア・マネージャ、看護師、病院でのボランティアなど、医療・介護に関わっている方が全体的に多かったような気がします。

 医療・介護に関わっている人と話ができて大変有意義な時間を過ごすことができました。ただ、途中で一度休憩がありましたが、3時間は少し長く感じました。今回はいつもより参加者が多いとのことでしたけど、人数も話し合いをするには少し多いように感じました。場所が狭かったのも人数が多いと感じた要因の一つかもしれません。

 今日の話し合いの中で印象に残ったことをいくつか書き残しておきます。まず、(遠い)親戚の存在が思いの外大きいということに気づかされました。「家族で決めたことでも、そのことを知らない親戚からケチがつく」や「介護に関して介護に関わっていない遠い親戚から文句を言われる」といったような話がありました。また、「リビング・ウィル」という表現は形式ばっていて変に構えてしまい本心が伝えられないので「伝えたいこと」と言い換えているという話や、「告知」とは言わずに「病状説明」と言うのだという話、「病状説明」の下手な医者がいて説明を受けた翌日に自殺した患者さんがいたという体験談――話を聞く限りでは、その患者さんが自殺した原因は分かりませんでしたが――などがありました。アートがケアにつながるという意見も出てきました。アートとケアの関係について今のところわたしは懐疑的なので、今後いろいろな人の話も聞きながらよく考えていきたいと思います。

 家族が絶望的な状況にあるとき、若い医師から「あきらめないで下さい」と言われて怒ったという体験を話された方がいました。彼女が「この状況であきらめずにいられますか」とその若い医師に問い詰めると、その医師は何も言い返せなかったと言っておられました。彼女はことさらその医師が「若い」ということを強調されていたような印象を受けましたが、この話を聞いたときに患者やその家族と医師とのコミュニケーションは難しいなと思いました。実際、ある医師が若いということでわたしたちはその医師の経験が浅いという偏見を抱きがちですし、看護師やその他の医療従事者の中には「医師」というものに対して嫌悪感を抱き蔑視している人が少なくないように思います。とりわけ医療従事者間のそれは、新米で経験の浅い医師とその病院に長年勤めている経験豊富な看護師の間で、待遇や権限の面において経験や勤続年数に反するような事態が生み出しているひずみであるような気がします。

 先ほどの話に戻ると、結局のところ医療従事者は「私たちには何も言うことができません」と言うしかないように思えてきます。これは分かり合えないことを前提としたコミュニケーションです。しかし、他方で分かり合えることを前提としたコミュニケーションを求めている人たちもいるでしょうし、つらいときに何か慰めのことばをかけて欲しいと考えている人がいることも事実なわけです。「私たちには何も言うことができません」というのはいたわりのことばかもしれませんが、こうした人たちにとって慰めのことばではないはずです。

 話は変わりますが、この医師と看護師の問題はわたしたちの業界においても当てはまるような気がします。最近は大学院重点化の問題もあってか大学院生の流動性も激しくなってきましたが、昔からその大学に所属している大学院生、ときには大学教員にとって、外から入ってきた学生や教員というのは目の上のたんこぶのように見えるところがあるのかもしれません。